ReLIFE 完結編(完全生産限定版) [DVD]
ReLIFE 完結編(完全生産限定版) [DVD] (JUGEMレビュー »)

ブラック企業で心を折られた27歳ニートが、渡りに舟と食い付いたのは人生リセット人体実験?
アニメが描く夢の世界も、時代を表しているのですなぁ。
うっかり大人目線で色々やらかすネタに笑いつつ、いつしか心を掴まれてしまいました。
紹介記事【2018.05.16】
おいでよ どうぶつの森
おいでよ どうぶつの森 (JUGEMレビュー »)

22世紀を目指し、カレンダーの最終日までタイムスリップしたりと相変わらず楽しんでます。
2100年のどうぶつ村は如何に?笑
紹介記事【2019.06.19】
エクソダスギルティー (通常版)
エクソダスギルティー (通常版) (JUGEMレビュー »)

異なる3つの時代の物語を切り替えながら進む、マルチタイム・ザッピングシステムのアドベンチャー・ゲームです。
資料本「ワールドガイダンス」必携、正直クセが強く微妙ですが。笑
当時流行ったであろう「小説『聖書』」やガイア仮説のSFファンタジー&サスペンス、システム的には不便ですが僕は楽しめました。
紹介記事【2018.11.05】

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最近聴いたCD
METALLICA「St. ANGER」

前に「デス・マグネティック」を聴いた時は本作を聴いた事があるような錯覚をしてましたが、まったくの思い違いでした…。
'03年に発表された本作は「デス〜」以前のアルバムであり、バンド最大の危機を乗り切った11曲が収録されているらしいです。
解説書が読ませるなぁ、と思ったら案の定マサ伊藤!

純粋に楽曲の印象だけで書いていきますが、一言で言えば“未整理のデス・マグネティック”という感じ。
数曲分のリフを詰め込んだような(ノリだけで首振ってられない複雑な構成)は「デス〜」にも受け継がれてますが、もっとカオティックで荒々しい。
充血したように赤く握り締めた右手のジャケ・イラストが、聴いてる間たびたび脳裏をよぎりました。
まさにセイント・アンガー、迸るまま抑制できない感情…それは怒りだけでなく、悲しみも含めた憤り。

「そして俺の怒りは健康的なものであってほしい/俺の怒りは俺のためだけにあってほしい」
タイトル・ナンバーの訳詞に、こんなフレーズがあって驚きました。
ラブソングや黙示録的な最終戦争を叫ぶばかりがヘビメタではないにしても、こんな内省的な歌詞が激しい音圧とディストーション・ギターの中で生まれる事は非常に新鮮な気がします。

聴きやすさでいえば「デス・マグネティック」ですが、本作の未完成なエネルギーは訳もなく魅力的です。


関連記事:【最近みたDVD】「METALLICA THROUGH THE NEVER」| 2014.07.29
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    | music | 2011.06.03 Friday | comments(2) | trackbacks(0) |
    一時期、ミュージシャンのインタビューで「ケミストリー」という言葉をよく耳にしたような気がする。実は意味を知らないのだけれど、文脈から察するに、結びつきやそこから生まれるある種の奇跡のようなものを語っているのかなと思っていた。たとえば「オリジナルメンバーにこそ、ケミストリーが生まれるんだ。確かに俺たちは仲違いしていたけれど、月日を経てスタジオに集まって音を出してみれば「これだ」と感じられるものがそこにあるんだ。まぎれもないものがね」というような。けれどもぼくはその言葉をなんとなく冷めた気持ちで読んでいたような気がする。結局のところそれは再結成のための言葉であって、そういう言葉をわざわざ使わなければならないほど公に向ける大義(というほどのものでもないけれど)が必要だったのか?と勘ぐってみたり。
    それならピストルズだかPILを再結成させた理由を問われた時のジョン・ライドン(ロットン?)さんの「金だ」という言葉の方が清々しかったりする。実際いろいろ言ったけれど再結成はパッとしないでなんとなく尻切れとんぼになってしまうバンドもいるようだし。

    そこで「 St.anger 」。
    「メタリカ 真実の瞬間」という映画はこのアルバムを作っていた時の様子を映したドキュメンタリー(と思う)なのだけれど、これを観るとこのアルバムに叩きつけられているものがアルバムとは別の形で感じられる。崩壊寸前のようなバンドがセラピストを雇いお互いに内面を吐露しながらアルバムを作っていく過程が描かれているとも言えるのだけれど、吐き出されたものによってバンドはさらに収拾がつかなくなってしまったり、セラピストがバンド内に踏み込んで来ていると感じたメンバーが「バンドはバンドのものだよな?」と我に返ったり。で、セラピストと距離を置いたり。
    そういった過程の中で吐き出され、損なわれ、疲弊し摩耗して、それでもどうにか生き残り出来上がったものがこのアルバムなのではないかとぼくは思っている。つまりそこにはまったくケミストリーしか残ってないのではないか?と。
    最近のお気に入りです。
    映画を観ていると、プロデューサーのボブ・ロックさんの献身にとても心動かされるのだけれど、このアルバムを作った後の彼には「辞めさせろ」というファンの署名が集まってしまったのでした。「デス・マグ」は別の人のプロデュースなのだけれど、個人的にはとても残念でならない。

    長文ごめんなさいね。
    | m | 2011/06/05 4:00 PM |
    おぉ、お久しぶりですな!
    長文コメントありがとうございます、今後も大歓迎ですよ。

    そうそう、確か「デス・マグ」はボブさんじゃなかったと記憶してます。
    とはいえボブさんが手がけた音、というのも分からなかったりするのですが。

    映画は未見ですけど、きっと(解散した方がどれだけ楽か)といったプロセスを経ていたのだろうとはマサ伊藤の解説書でイメージできました。
    実際ボブさんも、作家と編集者の関係みたくバンドに踏み込んでくるタイプみたいですし。
    まぁ結果として、各メンバーが抱えていたバンド像を壊した中に最大公約数を見出したのかな・・・と。
    で、この路線をボブさん抜きでやろうぜ!→「デス・マグ」だったのかなぁと。

    だけど「デス・マグ」で整理されちゃった荒い息遣いこそが、意外と残すべきものだったのかもなぁ〜?
    そんな気もしたりします。
    ま、全作通して聴いてみないと語れない話ではありますが。

    だめだ眠い・・・笑
    | tom | 2011/06/08 2:49 AM |









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