Voyage of Prayer―祈りの旅
Voyage of Prayer―祈りの旅 (JUGEMレビュー »)
今西 勇人
祈りの姿勢は、手を合わせ目を閉じる形だけではありません…人が祈る姿は千差万別なのに、祈るという行為やその思いには共通性が感じられるのです。
宗教の奥にある、世界じゅう一人ひとりの心の静けさに。
紹介記事【2016.09.06】
チャンス [DVD]
チャンス [DVD] (JUGEMレビュー »)

「人生とは心の姿なり」
シャーリー・マクレーンは、本作の撮影中にピーター・セラーズが前世について話した事を著書「アウト・オン・ア・リム」で書いていました。
それを意識したせいでスピリチュアルな印象を受けましたけど、むしろ本作の笑いはそうした見方にあるような。
無知な老人チャンスが教養人を翻弄するシュールな寓話、ですが予想外に可笑しいのです。
紹介記事【2016.10.08】
逮捕しちゃうぞ [DVD]
逮捕しちゃうぞ [DVD] (JUGEMレビュー »)

藤島康介が原作の、婦警コンビが活躍するOVAです。
図々しいまでに快活な夏実と大人しそうで冴えたドラテクの美幸、という動と静のバランスは同じ原作者の「パラダイスレジデンス」を思わせますが。
この後に続く同名のTVシリーズにはない凝った実車ディテールや派手なカー・アクション、まだ昭和の気配が色濃い東京の風景は90年代のトレンディ・ドラマっぽいけど…ま、肩の凝らないノリが好い案配なのです。
紹介記事【2016.08.21】
となり町戦争 (集英社文庫)
となり町戦争 (集英社文庫) (JUGEMレビュー »)
三崎 亜記
2016年に読んだ小説から一冊を挙げるのは本当に悩みましたが、本書は外すことが出来ません。
デビュー作でこれって、凄すぎない?
ちょっとシュールでフワフワとした空気の中、自治体行政の地域活性化という名目で遂行されているらしき戦争…“僕”が聞く唯一の銃声は終戦を告げる号砲で、これは「地獄の黙示録」で引用されていた詩の一節“これが世界の終わりのすがただ/ドンともいわないで、すすりなきのひと声で”を連想させます。
文庫の表紙カバーに惹かれたのですけど、これが衝撃的な場面とリンクしてたとは…戦争とは銃器や死体ではなく、本質は経済の真の顔なのだと実感しました。
紹介記事【2016.11.13】
Yesterday,Yes a day (フラワーコミックス)
Yesterday,Yes a day (フラワーコミックス) (JUGEMレビュー »)
岩本 ナオ
話の舞台が共通する「雨無村役場産業課兼観光課」も好かったけれど、個人的には先に読んだ本作の方が好みかも。
地方暮らしの女子高生とか恋愛未満のリアリティが新鮮、この年頃だって恋愛が日常の中心にある訳じゃないんだよねっていう。
紹介記事【2016.03.30】
Eagle Has Landed: Live
Eagle Has Landed: Live (JUGEMレビュー »)
Saxon
どう見てもビジュアルが「スパイナル・タップ」そのものですが、当時の僕にとってはAC/DCの「BACK IN BLACK」とマイケル・シェンカー・グループの「MSG」と並ぶHR/HM愛聴盤でもありました。
でも他のメンバーはあんまりメタルっぽい出で立ちじゃなくて、ストラト遣いのポールは野球帽かぶってたし…ぶっちゃけボーカルのビフ以外はギブソンSG遣いのグラハムも当時は滅多に見かけなかったプレベ弾きのスティーブも見た目がオッサン臭くて、そういうビジュアル無視な姿勢が僕には却ってシブく思えたのです。
意外にロックンロールしてるベースラインや無駄に手数はないけどツーバス並みに速いドラムスやメタルにしては珍しいワウペダルを使ったギターソロなど今でも充分カッコイイ!
リフ中心とはいえメロディアスなフレーズも織り込み、改めて聴くと楽曲構成も隙がないなと感じました。
紹介記事【2016.02.27】
アイアン・スカイ [DVD]
アイアン・スカイ [DVD] (JUGEMレビュー »)

2018年、月からナチスが攻めてくる?!
パルプSFテイストにシニカルなユーモアを絡めた、おバカ路線のB級映画。
フィンランド人がサウナで酔っ払いながらアイディアを出し合い、製作費のうち約1億円をカンパで集めたというフィンランド・ドイツ・オーストラリア合作。
ほぼ全編ブルーバック撮影というレトロ活劇「スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー」と併せてオススメします、もちろん両作品とも特撮だけの映画じゃあありませんよ?
紹介記事【2016.04.16】
忘れられた日本人 (岩波文庫)
忘れられた日本人 (岩波文庫) (JUGEMレビュー »)
宮本 常一
本書は主に、対馬や周防大島や伊予といった西日本の村落で聞き取った話から構成されています…本業の傍ら、農家に泊めてもらうので米を持参で戦時中も日本各地を歩いて回ったそう。
正直、読み始めは部外者が首を突っ込んでいるような取っ付きにくさを感じたのですが…間をおいて開いたら、妙にスラスラ入ってきました。
何だか不思議です、本書自体が村の古老のようで…この深い根っこに繋がるような安心感、古臭く陳腐な表現ですが「元気が出る」のです。
紹介記事【2016.06.21】
幻想水滸伝III
幻想水滸伝III (JUGEMレビュー »)

明代中国の伝奇歴史小説「水滸伝」をベースにしたRPGシリーズの1つで、本作の特徴は同じ物語を複数の主人公を通じて体験するという趣向です。
今回は商業国家の騎士団長、名門貴族のクリスでプレイ…以前にプレイした平原部族の少年ヒューゴや大国の傭兵を率いるゲド隊長と違ってしがらみだらけの気丈な女性。
商業国家と平原部族の対立に乗じて領土拡大を画策する大国と、裏で暗躍する一味…シリーズの他作品は知りませんが、異世界クライム・サスペンスといった感じ?
絶対悪など存在しない、なんて分かってはいても相互理解は難しいというね。
小説や漫画などとは異なる、RPGという形式ならではの物語を味わえます。
紹介記事【2016.06.29】
イノセンス スタンダード版 [DVD]
イノセンス スタンダード版 [DVD] (JUGEMレビュー »)

前作「ゴースト・イン・ザ・シェル」から引き続き押井守監督が描くは、攻殻機動隊のバトーとトグサが挑む「暴走ガイノイド連続殺人事件」の顛末。
そして、ネット上の全一となった少佐こと草薙素子を、もはや見つめる事も触れる事も叶わないバトーの愛の物語でもあります。
重厚なCGアニメで表現される電脳社会の、二重の意味で人工的な儚さ…「私」や「貴方」の定義とは何か、肉体は自由の枷なのか。
前作のラストで少佐が言っていた“2501…それいつか、再会する時の合言葉にしましょ”という台詞を覚えていると、ちょっと感動的かもしれません。
紹介記事【2016.11.27】
二週間の休暇 (MouRa)
二週間の休暇 (MouRa) (JUGEMレビュー »)
フジモト マサル
まるで村上春樹ワールドの絵物語、といったら失礼でしょうか…あの読後感を簡易化して視覚的にまとめたような一冊、安直すぎるオチも却って心地よく感じられました。
うぐいす色と黒の二色刷り、計算されたコマ割りとアングル…奥付けページの縁に這わせたカマキリに至るまで、ちょっと手元に置いておきたくなります。
紹介記事【2016.02.04】
パートナーズ・イン・クライム
パートナーズ・イン・クライム (JUGEMレビュー »)
ルパート・ホームズ
1曲目「Escape (the pina colada song)」は、ケイト・ブッシュの「Babooshka」と対になるようなシチュエーションを歌っていながらライトで喜劇的な展開…また「Answering machine」ELOの名曲「Telephone line」と対になるような、どこか惚けた味わいのある留守番電話の歌なのです。
フェイズ・ギターに'79年リリースという時代を感じます、今でこそ好きな音ですけど十代の頃は中途半端なエフェクト感が気持ち悪かったので一概にオススメとは言い難いのですが。
紹介記事【2016.01.23】
クン・パオ! 燃えよ鉄拳〈特別編〉 [DVD]
クン・パオ! 燃えよ鉄拳〈特別編〉 [DVD] (JUGEMレビュー »)

本当にね、どんだけ買って観てんだ僕は!
70年代のB級カンフー映画を元にデジタル処理で大胆に改変、正直この笑いは人を選ぶと思います。
実際、ちょっとオススメしにくいコメディです…特にCGパートなんて、全然オススメ出来ませんけども。
音声バリエーションの豊富さで、何度でもどこかツボにくるのです僕は。
紹介記事【2016.06.19】
図説 国旗の世界史 (ふくろうの本)
図説 国旗の世界史 (ふくろうの本) (JUGEMレビュー »)
辻原 康夫
いつもながら面白い、河出書房新社の図説シリーズ「ふくろうの本」の一冊です。
紋章学の見地に基づいて、色遣いや図柄で世界各国の国旗を分類すると…割と知ってる国旗の雑学レベルから歴史的な成り立ちが見えてくる、この切り口が実に面白い!
本来は支配者の紋章であり権力への服従を意味していた「旗印」が、フランス革命から民衆の団結や社会の理想を表明するように…赤青白で構成された国旗を“民主主義国家の旗印にふさわしい配色という固定観念”と断言し、9・11後の「SHOW THE FLAG」を“恫喝的スローガン”とブッタ斬る著者は本書自体も“疑問の解明に寄与するとは到底思えない”と切り捨てますが。笑
「世界史を読みたくなる」歴史ネタの雑学本、として辻原康夫(編)「読みたくなる世界史」と併せてオススメします。
紹介記事【2016.11.24】

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最近読んだ本
宮本常一「忘れられた日本人」

初版'84年の岩波文庫で、かなり前にAmazonで購入したものです…そもそも如何なる経路で本書の紹介ページまで辿り着いたのかも謎ですが、かつて松谷みよ子の本で読んだ採話や民俗学的な聞き取りをイメージしていたのかもしれません。
ですが開いてみたら「遠い親戚の家で大人たちの四方山話に付き合わされる」といった感じで、その座に馴染むまで門外漢には取っ付きにくかったのです…とりとめがなく、切り口が見えない展開に部外者が首を突っ込んでいるようでした。
それで後回しにしていたのですが、改めて開いたら最初の時よりは座に馴染んだのか割とスラスラ読めて。

何だか不思議です、本書自体が村の古老のようで。
こちらが(なんだコレ?)的な引いた態度だと文章も余所々々しく閉ざされていたのに、向かい合って前のめりに拝聴する姿勢になると風景が浮かんでくるのね。
著者の名前すら知らないまま購入したのですが、本書は主に対馬や周防大島や伊予といった西日本の村落で聞き取った話から構成されています…本書の大半は著者自身も編集委員を務めた「民話の会」の機関誌に連載されたそうで、本業の傍ら実に'39年から戦中戦後と日本各地を歩き在野の同志と交流したのだとか。
農家に泊めてもらうので、米を持参で旅をしたそう。

本書の中には、未だ吉幾造の歌以上に文明の及ばない日本の村があります…余所を知らず、日曜休日もない暮らしが残されています。
正直に申し上げますと、著者が生涯を賭けた情熱に如何程の意義があったのか僕には図りかねるのですが。
それでも現在形の文章で記された「忘れられた日本人」に触れられる事は、非常に得難い体験であります。
より具体的に言えば、古臭く陳腐な表現ですが「元気が出る」のです…分断された個として認識している自分が連綿と続いてきた過去と接続される感覚は、深い根っこに繋がるような安心感を与えてくれるのです。

個人的に印象強かったのは「土佐源氏」の項で文字通り河原乞食の元ばくろう(馬喰/博労)という老爺が語る半生ですね、貞操観念が戦後の幻想に思えてくる“風流”具合も結構ですな…あと「土佐寺川夜話」の項でレプラ(ハンセン病?)患者や盗人など人目を避ける人々毎に“そういう者のみの通る山道”が密かに存在したという話からは縄文人や山伏の歩いた尾根道を連想し、サンカ以外にも様々な知られざる文化が歴史の陰に息づいていただろう事を思わせてくれます。
西日本の伝承が集落単位であり、東日本は家(血族)単位であるとの指摘も新鮮でした…ともあれ、一度読んだ位では手放せません。


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以下、個人的メモ。
“日本中の村がこのようであったとはいわぬ。がすくなくとも京都、大阪から西の村々には、こうした村寄りあいが古くからおこなわれて来ており、そういう会合では郷士も百姓も区別はなかったようである(中略)対馬ではどの村にも帳箱があり、その中に申し合わせ覚えが入っていた。こうして村の伝承に支えられながら自治が成り立っていた”(「対馬にて」p.19)

“山の中でまったく見通しもきかぬ道を、あるくということは容易でない(中略)歌声さえきいておれば、どの山中でどうなったかは想像のつくものだ(中略)民謡が、こういう山道をあるくときに必要な意味を知ったように思った”(「対馬にて」p.24)

“一人がうたって息がきれかかると次の人がうたう(中略)次第にセックスに関係のある歌詞が多くなる(中略)夜がふけて大きい声でうたうものだから近所の人も家のまえに群がって来た。そうして三時ごろまでうたいつづけたのである(中略)歌合戦というものがどのようなものであったかおぼろ気ながらわかったような気がした”(「対馬にて」p.34)

“その村では六十歳になると、年より仲間に入る。年より仲間は時々あつまり、その席で、村の中にあるいろいろのかくされている問題が話しあわれる。かくされている問題によいものはない。それぞれの家の恥になるようなことばかりである。そういうことのみが話される。しかしそれは年より仲間以外にはしゃべらない。年よりがそういう話をしあっていることさえ誰も知らぬ”(「村の寄りあい」p.37)

“他人の非をあばくことは容易だが、あばいた後、村の中の人間関係は非を持つ人が悔悟するだけでは解決しきれない問題が含まれている(中略)年とった物わかりのいい女の考え方や見方が、若い女たちの生きる指標になり支えにもなった。何も彼も知りぬいていて何も知らぬ顔をしていることが、村の中にあるもろもろのひずみをため直すのに重要な意味を持っていた(中略)家督を子供にゆずって第一線から退き、隠居の身になって、世間的な責任をおわされることのなくなった老人にして初めて可能なことであった”(「村の寄りあい」p.39)

“年よりは愚痴の多いもので、つい嫁の悪口がいいたくなる。そこでこうした所ではなしあうのだが、そうすれば面と向っ(原文ママ)て嫁に辛くあたらなくてもすむという(中略)わしらも嫁であった時があるが、姑が自分の悪口をいったのを他人から告げ口されたことはないという。つまりこの講は年よりだけの泣きごとの講だというのである(中略)自らおば捨山的な世界をつくっているのである(中略)東北から北陸にかけては、老人が年をとるまで家の実権をにぎっている場合が多い(中略)年寄りの隠居制度のはっきりしている所では、年寄りの役割もまたはっきりしていた”(「村の寄りあい」p.43)

“村を構成する人々の大半が、年齢的なグループに参加している場合(中略)その中では甲乙をつけないのが重要な条件になる(中略)年齢階梯制は西日本に濃くあらわれ、東日本に希薄になり、岩手県地方では若者組さえも存在しなかった村が少く(ママ)ない”(「村の寄りあい」p.53)

“村の中に道が一ヵ所ややひろくなっている所があり、そこを辻とよんでいるが、この辻を持つ村はたいてい辻寄りあいのおこなわれた村であり、非血縁的な地縁結合がつよい(中略)合議制が見られたというのはこうした村々であって、それは必ずしも時代的な変遷からのみ生まれたとは見難い”(「村の寄りあい」p.53)

“年齢階梯制の濃厚なところでは隠居制度がつよくあらわれるのが普通であるが(中略)これを持ちつたえさせたのは、非血縁的な地縁共同体にあったと思われる。そういう村では、村共同の事業や一斉作業がきわめて多かった(中略)そこでできるだけ早く子に嫁をもらい、後を子にゆずって自分は家の仕事に精出す方法が生れ(ママ)た(中略)開墾の余地のあるところではこうした若隠居の例が濃厚にあらわれている。そして隠居分家や末子相続の制度がこれにともなっているのである(中略)年よりは村の政治的な公役から早く手をひくが、祭礼行事などにはたずさわる。そういう意味でなお村の公につながっている。そしてまた村の寄りあいなどにも戸主にかわって出ていくごとが多い(中略)日本中世の文学が隠者によって保持せられて来たことと、村々の隠居制度には共通するものが多分にあると見られる。村においては隠居たちが文化伝承の役割をになっていたのである”(「村の寄りあい」p.54)

“わしらあんまり世間をしておらんもんで、あんまり話を知りません(中略)昔にゃァ世間を知らん娘は嫁にもらいてがのうての、あれは竃の前行儀しか知らんちうて、世間をしておらんとどうしても考えが狭まうなりますけにのう(中略)土佐の奥はわたしら行きませだった。土佐は鬼の国ちうて(中略)女四国というのは土佐の国をぬいた三国でありました”(「女の世間」p.110)

“田植をしても皆モンペをはくようになったし、編笠が経木の帽子になったし、田植は女の仕事ときまっていたのに男も手伝うようになりましたいの。しかし田植がたのしみで待たれたような事はなくなりました”(「女の世間」p.124)

“植縄をひいて正条植をするようになって田植歌が止んだ。田植歌が止んだからと言ってだまって植えるわけではない。たえずしゃべっている(中略)田植歌の中にもセックスをうたったものがまた多かった。作物の生産と、人間の生殖を連想する風は昔からあった(中略)性の話が禁断であった時代にも農民のとくに女たちの世界ではこのような話もごく自然にはなされていた(中略)近頃はミカンの選果場がそのよい話の場になっている(中略)エロ話の上手な女の多くが愛夫家であるのもおもしろい”(「女の世間」p.126)

“人がほんとに住みついたのが明治二十年頃、その頃には入江の向う(ママ)側によく狐火がもえていたものでごいした。あんまり気持のええもんではなかった。それにまた、ほんに静かな晩に、天地もさけるような音のすることがあった。天道法師が飛行なさるのじゃろうなんどいうちょりましたが、明治三十年頃になると家も百戸にふえ(中略)狐火も天道法師の飛行の音もせんようになってしまいやした”(「梶田富五郎翁」p.192)

“市五郎は実によく働いたが財産はできなかった(中略)その上火事で家をやいた。近所の子供が火あそびをしたのが家について、三軒やけ、その上牛を焼死させた。子供の火なぶりではあっても、火もとというのでやはり村に対してつつしまねばならぬ(中略)死んだ牛のために小さい瓦製のほこらをつくった。これを牛荒神としてまつったが(中略)皮膚病がなおるというので、まいる人が多く、いつのまにか私のうちからの管理をはなれて、村人が勝手にまつるようになった(中略)祖父が死んだあくる日、近所の老人が祖父名義の貯金通帳をもって来た。(中略)通帳をあずかっていた老人は、その昔私の家をやいた少年であった”(「私の祖父」p.197)

“祖父にあたる人は長男であったのが伯父の家へ養子に来た。気らくな人で、生涯めとらず、すきな歌をうたいのんきに仕事をして一生をおわったらしい”(「私の祖父」p.199)

“市五郎の家内は毎朝氏神さまへまいった。出稼者のある家はどこでもこうして毎朝早く神まいりをしたものである(中略)カラスはしらせをもって来てくれる鳥だと信じられていた(中略)ところが、どうした事かあるときカラスなきが大へんわるくて御飯もろくにたべぬことがあった。息子はその頃フィジーで病気にかかっていたのである”(「私の祖父」p.199)

“市五郎は犬をつれて村境の山まですてにいった。「そだててやりたいが、みんながいじめるからかわいそうでならぬ。このさきには親切にしてくれる家もあろうから、これからさきへいって見い」と人にさとすように話しかけると、クロはそのままそこにいた(中略)それから何年かの後、島の西の方の村へいって、かえる途中で日がくれた(中略)困って道にじっとうずくまって休んでいると、一匹の黒犬があらわれた。どうもクロによく似ている。その犬のあとをついていくと、しばらくして農家のあかりが見えて来た。ほっとして気がつくともうクロはいなかった”(「私の祖父」p.200)

“仏まいりは先祖礼ともいったが、だまってその家へはいって仏壇のまえへいって拝み、それからその家の人に「ええ盆でごいす」と挨拶した。正月ならば「ええ春でごいす」といってはいっていって、それから仏壇をおがみ、正月の挨拶をしたが、祖父の若いころには「おおとびでごいす」といってはいっていくと、家の人が「もっておいでんされ」と答える。そして家の中で「ええ春でごいす」といったという”(「私の祖父」p.208)

“昔は遊芸の徒の放浪は実に多かった。それは船がすべてただ乗りできた上に、木賃宿もたいていはただでとめたからである(中略)だから「芸は身を助ける」と言われた”(「世間師(1)」p.235)

“煙硝蔵がやけて二、三日たつと、浪人者がたくさん落ちてきた(中略)侍の着物や刀や鉄砲をかたにおいて、蔵王峠をこえて国の方へかえっていった(中略)侍どもは東国の方の者が多かった(中略)安倍川べりへついていた小船へ身なりのよい侍が三、四人どやどややってきて、天保山の沖まで船を出してくれという。その態度が横柄なので、船頭が啖呵をきると「危急の場合じゃ、たってたのむ」というので(中略)軍艦までつれていくと、船へ上っ(ママ)た侍が、「船頭御苦労であった。わしは徳川慶喜じゃ」と言った(中略)明治元年五箇条の御誓文の「各(おのおの)その志をとげ、人心をして倦まざしめん事を成す」というのをとりまちがえて、方々のカカヌスミにいったのも、それから間もない頃であった”(「世間師(2)」p.241)

“こうして別に家にかえる必要もなかったので、知るべをもとめて、つぎからつぎへ旅をした。大川という人は易者をしてあるいても土地土地の人情風俗をよくしらべては帳面にかきとめた。それをまた行く先々ではなしてやる。金をためることもしなかった(中略)大川という人は見聞がひろく、何でも書きとめているので、旅先の、そうしたいろいろの話をしてやる。大ていの人が納得していく百姓や漁師に満足のいく易をたてるには大へんな知識が必要で、夜辻に立ってやるような易は易のうちにはいらぬという”(「世間師(2)」p.252)

“翁は一人旅の時は,一人ものの気らくさでちょいちょい女に手を出した(中略)ただその時だけの交わりでかえって女は気がはれたり、元気が出たりする(中略)信濃巫女と旅さきで馴染になったら、どうしてもはなれぬという。はなれたら呪い殺してやるというので翁もすっかり弱りはてた。そして方々へにげあるいた。眼通力のある女でどこへにげても見つけてやってきた(中略)京都あたりにはおっとりとして風流のわかる女がたくさんいた。あるとき宿屋で気品のある女中がきたので、歌を書いてお膳の上にのせておいた。するとお膳をひきにきたとき、それをちょっと見て帯の間にはさんで出ていった。何も言わなんだが、夜ねていると、そっとやってきた。気品のある女には恋歌を書いてわたすと大ていは言うことをきいてくれたものである。しかし、それも畿内を出るとあまり通用しなかった”(「世間師(2)」p.254)

“ところどころで人情風俗はかわっているが、土地のやせて生活のくるしいところが人情はよくない”(「世間師(2)」p.256)

“明治から大正、昭和の前半にいたる間、どの村にもこのような世間師が少なからずいた。それが、村をあたらしくしていくためのささやかな方向づけをしたことはみのがせない。いずれも自ら進んでそうした役を買って出る。政府や学校が指導したものではなかった”(「世間師(2)」p.259)
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